2001月11月3日





 神をたたえよう。神の助けを求め、神の許しを乞おう。我らが魂に敵するものと、我らが悪しき行いとに対して、神に庇護を求めよう。

 神に導かれる者は何者にも惑わされないし、(いつわりの、キリスト教の)神に惑わされている者は何者によっても正しく導かれることはない。

 私はアラーを置いて他に神はなく、アラーこそ並ぶ者なきものであることを述べ伝える。


◆攻撃は世界を二つに引き裂く

 巨大な全世界の情勢の中、ニューヨークとワシントンの重要地点に加えられた合衆国への偉大な攻撃に続いて、報道メディアのすさまじい大騒ぎが起こっている。

 この喧騒は空前のものである。それはこれまでの事件に関する人々の意見を伝えている。

 人々は二つの側に分かれている。一方は、暴虐なるアメリカに対するあの攻撃を支持する者、そして他方は非難する者である。

 後に合衆国がイスラム首長に対する不当な軍事行動を始めたときもまた、人々は二つの側に分かれた。一方は軍事行動を支持する者であり、他方はこれを非難し、拒否する者である。

 一連のすさまじい出来事が人々を二つに分けたのであるが、これらの出来事はイスラム教徒にとって大きな関心事であった。(イスラム国家の)支配者たちの多くが、これに関係し巻きこまれているからである。

 これらの支配者たちはイスラムの教えと密接に関わっているが、しかしその振る舞いは一人一人のイスラムを堕落させるものである。

 したがって、イスラム教徒はこの紛争の本性と真実を理解せねばならない。理解すれば、イスラム教徒がどこで立ち上がればよいか心を決めることはたやすいことだろう。

 しかし、紛争の真実が語られる一方で、世界中の世論調査は80%強の西欧人、合衆国その他のキリスト教徒が、合衆国を襲った攻撃に悲しみを覚えたことを示している。

 また世論調査はイスラム世界の子らがその大多数においてその攻撃に喜びを感じたことを示してもいる。そうした喜びを感じた人々は、イスラエルや合衆国がパレスティナその他のイスラム諸国において行ってきた犯罪行為に対する反動として、あの攻撃が起こったのだと信じているのである。

 アフガニスタンへの攻撃が始まってから、これらのグループは立場を変えている。

 合衆国への攻撃を喜んだ人々はアフガニスタンが攻撃されたときに悲しみを覚え、合衆国への攻撃に悲しみを覚えた人々はアフガニスタンが攻撃されたときに喜びを感じた。それぞれのグループは何百万もの人々からなっている。



◆「野蛮な」西洋

 アメリカで起こったことにアフガニスタンの人々が関与していた証拠など何一つないにも関わらず、西欧全体は、ごく一部の例外を除いて、この不正で野蛮な軍事行動を支持している。

 アフガニスタンの人々はこの問題に何の関係もない。にもかかわらずアメリカ軍は不当にもアフガニスタンの村人、市民、子どもたち、女性、無辜の人々を殺戮し続けている。

 両サイドそれぞれの立場は明らかである。アメリカ軍の行動に対して、イスラム世界の最東端から最西端に至るまでの諸国、すなわちインドネシア、フィリピン、バングラデシュ、インド、パキスタンから、アラブ諸国を経て、アフリカのナイジェリアやモーリタニアに至るまでの諸国で、市民たちによる大きなデモが繰り広げられている。



◆「根本的に宗教的な」戦争

 このような事態に、この戦争の本性ははっきりと現れている。この戦争は根本的に宗教的なものなのだ。東洋の人々はイスラム教徒であり、西洋の者たちに抗するイスラム教徒の心情を理解している。西洋は「十字軍」なのだ。

 世界全体が認めているような明々白々の事実を覆い隠そうとする者は、イスラム国家をだましているのである。

 彼らはイスラム国家の関心をこの紛争の真実から逸らそうとしているのだ。

 この事実は全能なる神の書物において、また預言者モハメッドの教えにおいて証明されている。----モハメッドに神の平安と祝福がありますように。

 どのような事情があっても、自分たちと不信心者たちとの間にあるこの敵意を忘れてはならない。なぜならば、この敵意は教義に基づくからである。



◆イスラム教徒は共に立ち上がらねばならない

 われわれは「アラーをおいて他に神なし」と信じる信仰者に忠実でなければならない。

 また不信心者と無神論者を非難することもすべきである。神を信じず、神はいないと言うだけでも、私にとって彼らに抗する力を神に求める理由として充分なのだ。

 神は言われた。「ユダヤ人やキリスト教徒は、汝が自らの宗教の形を彼らと同じものにしない限り、汝を許さないだろう」と。

 これは信仰の問題である。ブッシュやブレアが言うように、テロリズムとの戦争ではない。

 アメリカに帰属する多くの侵入者がこれまでにつかまっているが、誰一人として逃げられはしない。

 西や東で行動した多くの人々は、この私、オサマのためにそのようなことをしたわけではない。

 むしろ彼らは自らの宗教のために行動したのだ。宗教こそが、彼らが自分の正しさを知る理由であり、モハメッド----神の平安と祝福がありますように----に神聖なメッセージが啓示されたとき以来イスラムに加えられてきた、もっとも残虐で深刻な暴力的十字軍に対して、彼らが抵抗する理由である。

 このことが明らかになった以上、イスラム教徒はどこでこの戦争に相対峙して立ち上がるべきか知り、学ばねばならない。



◆「十字軍」

 合衆国の政治家たちが語り、新聞やテレビが明らかに十字軍的な憎しみに満ち溢れ、イスラム教とイスラム教徒とに対して西欧を総動員して敵対させようとするキャンペーンが始まった後、ブッシュはこれに疑いをさしはさむ余地も、ジャーナリストが意見を述べる余地も与えなかった。そして彼は公然と、しかも明確に、この戦争は十字軍なのだと述べたのだ。彼はこの言葉を、全世界の前にその事実を強調するために述べたのである。

 「これはテロリズムとの戦争だ」と主張する者たちに反論の余地があろうか?

 イスラム諸国が何十年も虐げられ、その声が聞き届けられることもなく、その活動が人々の目に触れることもないというのに、いったい彼らには何がテロリズムであるかわかっているのだろうか?

 しかし犠牲者が無垢な子どもたちの復讐を始めたとき、パレスティナ、イラク、南スーダン、ソマリア、カシミール、そしてフィリピンで犠牲になった子どもたちの復讐を始めたとき、支配者側のウルマ(イスラム教の指導者)や偽善者たちは明らかな神への冒涜を看過するようになった。このことは、私が彼らに抗する力を神に求めようとする理由としては充分である。

 一般の人々は問題の本質を理解するようになっているが、しかし、イスラム諸国が聖戦の義務を遂行することから遠ざけ、聖戦を通じて神の言葉こそが全ての言葉を超えたものであることを明らかにすることから遠ざけるためにイスラム諸国に麻酔をかけようとする不信心者と共謀する者たちにこびへつらうものが今だにいる。

 覆い得ぬ真実は、ブッシュが十字架を背負い、その旗を高く掲げ、戦列の先頭に立っているという事実である。

 この軍事行動においてブッシュの後ろから戦列に参加する者は、イスラムを汚す行いの一翼を担っているのである。

 イスラム教のどの学説も、不信心者と同調し、信仰者に敵対する者たちを支援することはイスラムを汚す最大の悪行の一つであるという点で一致している。



◆最近の「十字軍」の舞台

 すべての力は神のものである。数日前に勃発したアフガニスタンに対する戦争が、単発の、独立したものなのか、それとも、イスラム世界に対する長く続いた十字軍と結び付いたものなのか、調べてみよう。

 83年前に終結した第一次世界大戦の後、全イスラム世界は十字軍の旗の元に屈服した。イギリス、フランス、イタリア政府の元にである。

 全イスラム世界は分割され、パレスティナはイギリスに占領された。

 そのとき以来、83年以上にわたって、我らがパレスティナの兄弟たち、息子たち、姉妹たちはひどい拷問を受けている。

 何十万人もの人々が殺され、何十万人もの人が投獄され、不具者にさせられた。



◆チェチェンに対する「十字軍」

 最近の情勢について見てみよう。チェチェンを例に挙げる。

 彼らはイスラム教の人々であり、ギリシア正教会の信仰を持つロシア熊に攻撃されている。

 ロシア人たちはチェチェンの全域で人々を殺戮しており、雪と貧困と病に立ち向かわねばならない山岳地帯へと逃れるよう人々に強いたのだ。にもかかわらず、誰一人彼らを助けようと行動を起こさなかった。神の中にしか強さはない。



◆ボスニアに対する「十字軍」

 これはヨーロッパの真ん中で、世界全体の目と耳が向けられる中で起こったボスニアにおけるジェノサイド戦争に続くものだった。

 数年にわたって我らの兄弟たちが殺され、女性たちはレイプされ、子どもたちは、国連の「安全な」避難所にいながら、そしてその関知と援助の下に置かれながら虐殺された。

 この悲劇を解決できると称して問題を国連に委託している者たちは、神とその預言者、そして信じる者を欺く偽善者である。



◆国連の「共謀」

 われわれが経験している悲劇は、他ならぬ国連が引き起こしているのではないか?

 1947年にパレスティナ分割決議を出し、イスラム教徒の地をユダヤ人に売り渡したのは誰であったか?

 これは1947年の国連決議でなされたことなのである。

 アラブ諸国のリーダーとして国連に問題解決を訴え続けると称する者たちは、預言者モハメッド----神の平安と祝福がありますように----への啓示を否認してきた。

 事態を国際的法機関に委託している者たちは、イスラム聖典の法、および、預言者モハメッドの伝統を否認してきた。

 これがわれわれを大いに苦しめてきた国連の姿である。いかなる状況下であれ、イスラム教徒や心正しき者は国連を頼ってはならない。国連は犯罪の道具以外の何物でもない。

 われわれが毎日のように虐殺されているのを、国連は怠惰に傍観し続けているのである。



◆カシミールとチェチェン

 カシミールの我らが兄弟たちは、50年以上にもわたって最悪の拷問にさらされてきた。兄弟たちは虐殺され、殺され、レイプされた。彼らの血は流され、彼らの家は略奪を受けた。

 今もなお、国連は怠惰に傍観を続けている。

 そして今、国連は、何の証拠もないままに、無法にして暴虐なアメリカを支持する決議を採択している。ソ連の手によってなされた苛酷な戦争によって生み出された、寄る辺ない人々を抑圧する決議を、である。

 未だ継続中のチェチェン第二の戦争を見よう。チェチェン全体で、人々は再び例のロシア熊に包囲されようとしている。

 人道支援団体は、アメリカのそれでさえ、クリントン大統領にロシアへの支持を取り下げるよう求めた。しかしながら、クリントンはロシア支持を止めることは合衆国の国益にならないと言った。

 一年前、プーチンはキリスト教徒とユダヤ人とに自分を支持するよう要求した。彼はこう言っている。「イスラム原理主義に対する戦いをしているわれわれを支持し、感謝してほしい」と。

 敵たちは非常に明確に発言している。こんなことが起こっている間、地方ごとの(イスラム)指導者たちは隠れ、自分の兄弟たちを支援することを恥じている。



◆東ティモールとソマリア

 インドネシア情勢を巡る西洋と国連の立場を精査してみよう。彼らが、人口という点ではイスラム世界で最大の国であるインドネシアを分割しようとしたときのことである。

 かの犯罪者、コフィ・アナンは公式の発言においてインドネシア政府に圧力をかけた。「24時間以内にインドネシアから東ティモールを分離・独立させよ。さもなくば軍を派遣して力で分離を成し遂げざるをえない」と。

 十字軍的オーストラリア軍がインドネシア沿岸におり、実際に彼らはイスラム世界の一部である東ティモールを分離すべく上陸した。

 以上のようなことから、われわれは諸々の出来事を個々独立した出来事と見ずに、長い間続いた一連の陰謀、言葉の真の意味における絶滅戦争の一環と見るべきである。

 ソマリアでは、希望を回復するための弁明において一万三千人の兄弟たちが殺された。南スーダンでは、何十万人も殺された。



◆パレスティナとイラク

 さてしかし、パレスティナとイラクの問題に移ると、言えることはいくらでもある。

 イラクでは百万人以上の子どもたちが殺されている。そして今なおそれは続いている。

 パレスティナで最近起こっていることに関しては、私はもはや神以外に訴える相手がいないとしか言いようがない。

 そこで起こっていることはいかなる国であれ容認できないはずである。私は人間が作る国から見ての場合のみについて言っているのではない。他の生物から見ても、動物から見ても、そこで起こっていることは容認され得ない。

 あるとき私の腹心の友が、他のラクダが見ている前でラクダを屠殺しようとしている肉屋を見たと言った。

 見ている方のラクダは、屠られたラクダから血が流れ出すのを見て動揺した。そして激怒して男の手を噛み、折ってしまった。(訳注:動物にも同情心はある、というたとえ話だろう)

 パレスティナのか弱い母親たちが、目の前でアメリカの支援を受けたユダヤの処刑者やアメリカの戦闘機、戦車に子どもたちが殺されていくのを、どうやって耐えろというのか。



◆イスラエルとアメリカは「一体」だ

 アメリカとイスラエルを区別する者はイスラム国家にとって真の敵である。彼らは神とその預言者を裏切った反逆者であり、イスラム国家と自分たちに寄せられた信頼を裏切る反逆者である。彼らはイスラム国家に麻酔をかけている。

 この戦いはどのように見てもそれ自体で独立したものとしては見られえず、長い間の、苛烈で醜悪な十字軍の一環として見なければならない。

 すべてのイスラム教徒は「アラーの他に神はなく、モハメッドこそが神の預言者である」と記した旗印の下に立ち上がらねばならない。

 我らの預言者----神の平安と祝福がありますように----がイブン・アッバース----神の喜びがありますことを----に言ったことを思い起こしてもらいたい。

 モハメッドはアッバースにこう言ったのだ。「おまえに二、三言っておこう。神に従え。そうすれば神はお前を守って下さる。神に従え。神はお前のそばにいる。何かを求めるときは、神に求めなさい。助けがほしいときは、神の助けにすがりなさい」。

 人々が皆ともにあなたを助けようとして来たならば、それは、神によってあらかじめ予定されたことにしたがってあなたを助けようとしているということに他ならない。そして人々があなたを害するために集まったなら、それは神があらかじめ予定していたことにしたがってあなたを害しようとしていることに他ならないのだ。

 神は人の運命を記しており、それは決して変更されない。

 私はこの数週間の間に出来る限りのことをしたイスラム教徒に告げる。「引き続き前進を続けよ」と。

 諸君のわれわれに対する支援はわれわれの力となるだろう。そしてさらには、アフガニスタンの兄弟たちの力となるだろう。

 この前例無き戦争犯罪と戦うにあたって、より以上の努力をしてほしい。

 神を恐れよ、おお、イスラム教徒よ。そして自身の宗教を支えるべく立ち上がれ。これをイスラムは諸君に求める。おお、同胞よ、同胞よ、同胞よ。

 神よ、わがメッセージのもたらされしことを照覧あれ。

 神よ、わがメッセージがもたらされしことを照覧あれ。

 神よ、わがメッセージがもたらされしことを照覧あれ。

 神の平安と祝福があなたがたにありますように。


 

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