アメリカ・ホロコースト記念館: 高くついた危険な誤り


セオドア・オキーフ

 ワシントン記念碑の近く、ジェファーソン記念館から見える所、壮大なリンカーン記念碑からも歩いていける場所、つまりアメリカの最も神聖な場所に、高価で虚偽に満ちた記念館が現れた。

 アメリカの建国、防衛のために犠牲を払った人は数え切れず、あらゆる人種の人々が無名ながら努力し、それによってアメリカは成長した。しかし、そのような人々を称える記念碑はまだ建設されていない。

 そうした記念碑こそが建設されるべき場所に、現在、巨大で高価な建物が立っている。この建物は、特に第二次世界大戦中のヨーロッパ情勢を誤って伝えるための記念館で、議論を巻き起こしている。そこに陳列されているのは、アメリカ人とは関係ない少数民族、セクト・グループの話題である。この建物、つまりアメリカ・ホロコースト記念館は、寛容さを装いながらプロパガンダ・キャンペーンを開始している。アメリカ人納税者はイスラエル、およびアメリカ国内のイスラエル派のために、冗談のような莫大な資金を投入させられた。

 このような奇妙な建物の建設に、どうして連邦政府は同意したのだろうか? これはアメリカの政策、アメリカ人の価値観にどのような意味を持っているのだろうか? ワシントンの官僚は、外国の利益のためにアメリカを売り渡した。これを取り戻し、博物館であれ何であれ、アメリカ人の原則・利益に則った形で計画・実行する方法を確立するためには、私たちはどうすればよいのだろうか?

* 記念館の起源

 1970年代後半、ジェームズ・R・カーター大統領の在任中、「ホロコースト」キャンペーンのプロパガンダがハリウッド、ニューヨークから出され、実行に移された。これは、ドイツ人が約600万人のユダヤ人を大量に殺戮したというプロパガンダであった。ホロコースト記念館の管理委員会で重要な役割を果たしているベンジャミン・ミードは、1990年に次のように書いている。

 「十数年前、新しい現象が起きた。ホロコーストが学校・大学で教えられ始めたのである。ホロコーストに関するテレビ番組も放送され、何百万人ものアメリカ人がそれらを見た。やがてアメリカ人はホロコーストの教訓、その特異性、その普遍的メッセージについて大きな関心を持つようになった。」

 このキャンペーンはどうして1970年代に突然始まったのだろうか? まず第一に、当時、第二次世界大戦終結から30年以上経過し、学者による客観的な事実検証が始まっていたことが挙げられる。それはドイツ人による在欧ユダヤ人の絶滅政策に関する事実検証である。

 第二に、シオニストの主張・手法を正当化する必要があった。当時、イスラエルの頑迷な政策に対し、国際社会から前例がないほどの大きな非難の声が上がっており、シオニストはこの状況に直面していた。国連は有名な総会決議を採択し、その中でシオニズムを人種主義と見做した。イスラエルは当時、テロリスト首相マナヘム・ベギンの下、挑発的な政策を取っており、これを守る必要があったのである。

* アメリカ・ホロコースト記念館・委員会

 1978年、カーター大統領と彼の側近は、国内・国外で「ホロコースト」ロビイスト、あるいはアメリカ国内の有力なイスラエル団体に包囲され、その要求に屈した。その結果、大統領令により「大統領ホロコースト委員会」が発足した。1987年10月7日、アメリカ議会は全会一致でアメリカ・ホロコースト記念館・建設のための法律を通過させた。この法律により、ホロコースト犠牲者を永久に記憶しておくための記念館を建設し、その運営を管理する基礎ができあがった。そして「記憶の日」を設け、この日にはアメリカ人がホロコーストについて考える機会にすることも定められた。

 国家管轄の土地が委員会に献上された。その後、計画は遅れ、予算だけが異様に膨らんだ。この遅れた期間、ホロコースト記念館・委員会の予算は年間250万ドルから1800万ドルにまで膨れ上がった。そしてついに記念館は完成し、1993年4月22日のオープニングにこぎつけたのである。

* セクト的、それも外国の話題

 ホロコースト記念館・委員会は、何千万ドルもの税控除寄付を呼びかけただけでなく、少数派であるシオニストの目的を達成するために懸命であった。

 この委員会は連邦政府直属であるにもかかわらず、1980年の発足より、メンバーは圧倒的にユダヤ人だった。委員会の2人の議長、エリー・ヴィーゼルとハーヴェイ・マイヤーホーフは、二人ともイスラエル建国に関与した人物である。そして委員会の重要ポストも、同じくユダヤ人かシオニストで占められている。

 記念館建設の資金を先頭に立って集めたのは、マイルズ・レーマンだった。彼はアメリカ・イスラエル連帯組織の元副議長である。彼はアメリカ全土で税控除寄付を呼びかけ、アメリカの年間海外援助を遥かに上回る額の寄付を集めた。彼はかつて、財力あるユダヤ人に働きかけてイスラエル建国の資金を集めた実績を持っていた。同じ要領で、彼は記念館のために約1600万ドルの税控除寄付を集めたのである。最も大きな寄付を行った人には褒賞が与えられ、記念館のさまざまなセンターに彼らの名が付けられた。例えばウェクスナー学習センターといった具合である。

 ホロコースト記念館の建設・運営に当たり、ホロコースト記念館・委員会の目的はもう一つあった。それはホロコースト犠牲者の「記憶の日」を設けることである。アメリカ議会はこれについて「国民がホロコーストの記憶を思い出すための日」と記している。この日はイスラエルの「ヨム・ハ・ショア」(ホロコーストの日) と同じく、ヘブライ太陰暦で決定される。それゆえ、過越祭やハヌカー祭 (神殿清め祭) と同じく、年毎に変化する。この異質な哀悼の日が現在、アメリカ国旗の下で祝われている。この日、政府主導の下、ワシントン・ホールや全米の市民ホールでは、ヘブライ語で祈りや歌が捧げられる。アメリカには迫害の犠牲となった集団は他にも多く存在する。しかしそうした集団の中で、政府の後押しを受け、税金支援を受けた記念日を持っている集団など存在するだろうか? ましてやユダヤ人迫害は外国の話である。

* ホロコースト記念館が展示する一方的「歴史」

 ホロコースト記念館・委員会は発足当初、第二次世界大戦中の非ユダヤ人の状況についても焦点を当てようとしていた。しかしそれは見せかけだけで、委員会が発行している文献は完全にユダヤ中心主義に貫かれている。永久展示の観点から、記念館のあちこちには、ドイツ人に迫害された非ユダヤ人の資料も展示されている。しかしドイツの敵、例えばスターリン・ソ連が迫害した集団については何一つ展示されていない。第二次世界大戦中、ヒトラー・ホロコーストよりも大きなホロコーストが行われ、世界中で7500万とも8000万とも言われる人々がその犠牲となった。しかしこれもユダヤ中心主義により無視されている。一つ例を挙げれば、記念館には「ホロコースト以前の生活」というコーナーがある。しかしそこにはホロコースト以前のユダヤ人の生活のみが展示されている。

 実際、記念館で非ユダヤ人が登場する場合、それは大部分悪党としてである。ドイツ人、彼らの同盟者、協力者たち。西側連合国も悪党であり、アメリカもその中に含まれる。なぜならアメリカは戦争前にユダヤ人の大量移住を拒否したからである。あるいはアメリカの政治・軍事指導者たちはアウシュヴィッツの「ガス室」を空襲しなかったからである (こうした空襲には莫大な費用がかかった筈であるが。)

* 赤い解放者?

 記念館のメッセージ、それは「第二次世界大戦中、ユダヤ人を支えることだけが唯一名誉な行為だった」というものである。しかしこれは異常な結論、ショッキングとしか呼べない結論を導き出す。つまり第二次世界大戦中、連合国による犠牲者、例えば東京空襲やドレスデン空襲の犠牲者、広島・長崎への原爆投下の犠牲者、カティンで行われたソ連によるポーランド囚人殺戮犠牲者、そして戦争末期、赤軍によって行われた大量強姦事件の犠牲者、これらは言及に値しないという嘆かわしい結論である。記念館がスターリンの野蛮なソビエト独裁の軍隊を称賛している実態は、グロテスクとしか言いようがない。こうした記念館がアメリカの神聖な土地、アメリカの原則である「自由」の土地に建てられている。

 ホロコースト記念館では、共産主義者は「レジスタンスの戦士」、「解放者」としてのみ描き出されている。例えばサミュエル・ヴァイスブルクの軽機関銃が展示されている。ヴァイスブルクは共産党員で、北フランス・共産主義ゲリラ部隊のトップに上った人物である。彼の遺品は記念館・永久展示室に、おなじみの靴や髪の山と共に展示され、栄誉を与えられている。

 さらに不可思議なことは、スターリンの悪名高い赤軍にも栄誉が与えられていることである。赤軍は戦中・戦後を通して、ヨーロッパ全土で血なまぐさい残虐行為の数々を繰り返した。ところがホロコースト記念館のパンフレットには、赤軍への鼻をつくお世辞文句が並んでいる。「記念館には赤軍の旗が展示され続けるだろう。それは何百万ものソ連兵士を記念するためである。彼らはナチ軍を西部へ追いやり、収容所を解放し、収容所の存在を世界に知らしめた最初の連合国兵士たちだった。」委員長ハーヴェイ・マイヤーホーフも、赤軍の旗から「解放者」という意味しか見出せないようである。彼は言う。「これらの展示品は単に戦時中の武器というだけではない。将来の世代はこれらを見て、ナチズム壊滅のためにソ連が果たした決定的役割を思い起こすだろう。」

 アメリカには東欧系移民の子孫が何百万人もいる。ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ハンガリー、チェコスロヴァキア、ルーマニア、ブルガリア、ユーゴスラヴィアからの移民の子孫である。こうした国々では、「赤軍の武器」は侵入・独裁・抑圧・宗教弾圧の象徴であった。移民の子孫たちは、残酷な迫害者の武器が「解放者」のコーナーで称えられているのを見て、一体どう思うだろうか?

* 記念館のイスラエル

 ホロコースト記念館の館長はイェシャヤフ・ワインバーク、「学習センター」所長はイェシアム・ハレビーである。彼らは2人とも、イスラエルから任命されてやって来た人物であり、ここからも容易に推測できるように、ホロコースト記念館のイスラエルの取り扱い方は隷属的である。イスラエル建国コーナーは感情的に盛り上げられ、展示全体の中でも大きな部分を占めている。イスラエル建国、それに続く領土拡大戦争は、多くのパレスティナ人には植民地的占領・抑圧であり、財産剥奪・亡命を意味した。しかしこれについては、何も触れられていない。これもホロコースト記念館のグロテスクな側面の一つである。この記念館はもともと不寛容や人権無視の危険性を教えるはずだったにもかかわらず、である。ヒトラー政権は1930年代、ユダヤ当局と画期的な協力関係を結び、ハーヴァラ合意に署名した。これにより、高い技術を持った何万人ものユダヤ人が大きな財産と共に移住する準備が整えられた。しかし、これも全く無視されている。

* 「歴史的正確さ」

 ホロコースト記念館は歴史を一方的に描き出し、都合の悪い部分を省略しているだけではない。記念館は、ドイツによる在欧ユダヤ人絶滅政策を既成事実に変えようとしている。これは600万人のユダヤ人が主にガス室で殺された話のことだが、それを示す証拠は驚くほど少なく、疑わしいものばかりである。過去20年間、多くの国々でかなりの研究・学問が進み、ホロコースト「絶滅理論」の内容が学問的に批判されている。

 ホロコースト記念館は、明らかにこうした見直し論者の研究に気づいている。記念館・委員会は多くの言葉を費やしているが、それらは見直し論者の研究へのきちんとした反駁ではなく、中傷・攻撃である。例えば1992年5月の「アメリカ・ホロコースト記念館報」は、一面でホロコースト見直し論への攻撃を掲載している。それはオクシデンタル大学のデボラ・リプシュタット教授の記事であり、彼女は見直し論者について「学問的に見える議論」を展開しているだけだと主張している。彼女はこの後、ホロコースト記念館の建設について「こうした有害な動きに対する最も有効な対抗措置」と称賛している。しかし彼女は見直し論者の研究について一つの誤りも指摘してはいない。

 ホロコースト記念館・委員会は、ホロコーストに関して歴史的議論が行われていることに気づいている。しかし、それについては攻撃するのみである。あらゆるアメリカ人の税金で運営されている国家機関が、あやふやな歴史教義の固定化に関与している。そしてそれは、アメリカ国内の少数派の利益のためである。これは言論の自由への許しがたい侵害であり、学問の客観性という欧米の理想への嘲笑でもある。

* 教育センター?

 ホロコースト記念館・委員会の委員長ハーヴェイ・マイヤーホーフは「この記念館は、まず第一に教育機関である」と述べている。しかし委員会が出しているパンフレットからは、マイヤーホーフが「教育」という言葉で何を意味しているかが分かる。まず記念館を訪問する大人も子供も、「役割分担」をさせられる。まず訪問者はホロコースト犠牲者の名前と運命が記された「身分証明書」を受け取る。それから彼らは、ハイテク・コンピューター、ビデオ、録音された演説・音楽の中を歩いていく。そしてそれらが、偏った傾向を持つ展示品の効果を高めている。ホロコースト記念館の目的は、資金収集の責任者マイルズ・レーマンが述べる通りである。それは「ダバクの子供たち、タクソンの家族、アトランタの先生たちに、彼らの街についてと同じようにアウシュヴィッツの歴史・教訓についても知ってもらうこと」である。ここから分かることは、ホロコースト記念館はプロパガンダ機関であり、全てのアメリカ人にユダヤ(シオニスト)的見地から見た過去・現在・未来を押し付けようとしていることである。

* アメリカ人の反応

 アメリカの価値観を形成した英雄たちの場所、重々しく神聖な場所に、こうした偏った記念館が建設され、納税者の資金で運営されている。その一方、今も首都に立ち並ぶ記念碑の陰では、何千ものホームレスが寝泊まりしている。こうした状況にアメリカ人はどのような反応を示しているのだろうか? また、偏った「ホロコーストの記憶」を学校教育に取り入れようとするプロパガンダに対し、彼らはどのような反応を示しているのだろうか? 現在アメリカの学校では、信仰の自由の名の下に、子供たちは祈ることもできず、市民会館や連邦ビルでも宗教的象徴は禁じられている。

 二世紀以上も前、トマス・ジェファーソンは言った。「その人が信じていず、支持してもいない意見の宣伝のために、その人に資金寄付を強制することは、犯罪であり独裁につながる。」

 約140年前、エイブラハム・リンカーンは言った。「アメリカ人が他人まかせにしてはならず、常に自分で行わねばならないことがあると私は思う。それは自由な制度をいつまでも保持することである。」

 アメリカ・ホロコースト記念館、それを運営している委員会は連邦政府の管轄であり、連邦政府はアメリカ国民の主権の上に成立する。それゆえ、今、記念館、委員会に影響を及ぼしている特殊な勢力を排除しなければならない。

 ホロコースト記念館の射程・目的を広げるべきである。現在の展示は、外人である在欧ユダヤ人が1930−40年代に経験した苦しみが、現実・想像をない混ぜにして一方的に強調されている。確かに、ユダヤ人の苦しみには共感を示して然るべきである。しかし、ユダヤ人だけでなく、すべての犠牲者への現実的アプローチが必要である。特に歴史的に不当な扱いを受けたアメリカ人犠牲者にこそ、焦点を合わせるべきである。

 ホロコースト記念館は、あらゆるアメリカ人、あらゆる学者が集まり、情報を交換し合える場であるべきである。そこには告発やプロパガンダが入り込んではならない。そのような状況が訪れるまでは、アメリカを建国し、発展させ、アメリカのために苦しみ、戦い死んだ、あらゆる人種・国籍・血統の人々は浮かばれないだろう。

 


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