オウム真理教

文/国家社会主義日本労働者党   山田一成




  前回、マルコポーロ誌をめぐる一連の騒動をめぐって私なりの意見を述べさせていただいたが、ユダヤ、シオニスト側の西岡氏に対する反論はなされない侭だった。

 記者会見で「文芸春秋誌の誌上で回答をだす」と云っていたのにだ。

 あれだけ世間を騒がせたうえ、改めて言論のタブーを明確にした事件であったのに無責任な結末ではあった。

 しかしながら、世間では『オウム真理教』である。

 松本サリン事件から地下鉄サリン事件、国松警察庁長官狙撃事件、オウム幹部銃密造疑惑、坂本弁護士一家と目黒公証人の拉致事件、自衛隊の関与、最近兵器の製造、薬物投与がすべてオウム真理教の犯行であるかのごとく連日、テレビや新聞紙上で報道されている。

 もし仮にすべてが、オウム真理教の仕業であったなら、そして背後にロシアや北朝鮮などの"国"が介在していなかったのなら、極右から極左に至るまでの"改革"を求めている人達すべてが、猛省しなくてはならないと思う。

  我々は、常に「維新だ」「革命だ」などと社会に対して反体制的な立場を若干でもとってきたつもりであったが、それは子供騙し程度のものでしかなかったのだと痛感せざるをえない。

 おそらく、日本の人口の一割に満たない程度の知能を持った頭脳集団を幹部に置き、体制(と云うより、システムそのもの)を此処まで否定した勢力というものを我々は、初めて目のあたりにしたのだ。体制にとっての危機感は、全共闘時代のそれを遥かに越えていると云っても過言ではないだろう。

 今までの政治的事件のほとんどが体制内改革を目指していたのに対して、オウム真理教は絶対的な価値観を振りかざして日本国に宣戦布告をしてきたのだ。

 あと数回サリンをばら捲けば、日本国との交渉も可能だろう。

 彼らはおそらくプルトニウムを持ち、中性子爆弾も製造しているはずだ。

 いや、本当には持っていなくても、その存在をちらつかせるだけでいい(警察に押収された書類に中性子爆弾の製造法が書かれていたという)。日本国の国際的な信用度はインドかスリランカ程度へと失墜するはずである。

 世界的な大恐慌が訪れるかもしれない。

 彼らの云う『日本印度化計画』とはこのことか? この時こそ彼らの主張するハルマゲドンが到来するのだ。

 と考えていくと、何故か知っているシナリオだと気が付いた。村上龍の『愛と幻想のファシズム』『五分後の世界』を足して2で割ったシナリオではないか。

 我々こそが実践しようとしていた世界をオウム真理教という宗教団体が、たった今演じているのだ。

 マルクス・レーニン主義の世界観が瓦解し東西冷戦が終焉を迎える。日本はバブル経済に浮かれて「物質的幸福が至上のものである」とばかりに精神的な価値を嘲笑してきた。一億総不動産屋といわれて政治化から宗教家に至るまで財テクに狂奔していた。

 しかし、いつの時代でも真面目に生き「これでいいのか」という疑問を世間に投げ掛けるのが、また若者の特権でもある。

 既成宗教が墓地経営に血眼になり、新宗教が"宮殿"の様な"記念館"を建てて、ひたすら現世利益を追求している今日、精神的な支柱をオウムに求める若者がいてもいいのではないか。

 体制に精神的なもの、"真理"と思われるものを追及する若者を受け入れるものが無かったのだから。またこの体制を打倒して、新しい桃源郷を創りだそうという運動が、所謂"オウム現象"ではなかったのか。

 私事ではあるが、3月18日ほんの数分であるが、村井科学技術庁長官と会話をすることが出来た。

 村井氏に「権力の弾圧に負けるな」と檄をとばしたところ「頑張ります」と穏やかに微笑んでいた。

 「私は小さなブラック・ホールを作りたい。そうすれば地球のゴミ問題も解決する」と云っていた村井氏。彼は自称右翼の在日韓国人・徐裕行容疑者の凶刃に倒れた。

 犯行の動機を「義憤に駆られた」と云っているそうである。

 しかし私は、徐容疑者に右翼的な背景を全く感じ取れないのである。

 在日韓国人で右翼、民族派の人達は多数いるが大抵日本名を名乗っているのだ。

 更に所属していた『神州士衛館』という団体名と韓国名とのギャップ。

 犯行に及ぶ際の檄文が無いこと。犯行後の落ち着き方からいっても、彼は「義憤」に駆られた"右翼"ではないと思う。

 では、徐容疑者の背景はと云うと、巷間で噂されているようにオウムの自作自演ではないかとか、某指定暴力団の名前が出ているが、私はいずれも村井氏を殺させた真犯人ではないと思う。

 まずオウム説の場合、村井氏以上に表に出てほしくない人物、土谷正美容疑者等を最後まで匿っているのだ。

 目黒公証人拉致事件の松本剛容疑者の逃亡を、危険を冒してまで手助けしている。

 若し村井氏が性格的に権力の追求に耐えかねる人物と考えていたのならば、最初からテレビ等に出演させてはいないだろう。

 某暴力団の場合は、村井氏との接点がまるでない。

 仮にオウムと暴力団の係わりあいがあった場合でも村井氏ではなく、早川紀代秀容疑者がその任に当っていたであろうから。

 では誰がという問題になるが、私はオウムより巨大で世界的な新宗教団体が関与していると思っている。

 私がこの『卒啄』の誌面で何が言いたかったのかというと、オウム真理教と右翼民族派の関わりである。

 優秀な理化学系の学者や自衛隊員までを惹き付けてしまったオウムの教えは、この混迷する世紀末にあって、右翼も左翼も示唆出来なかった方向性を示したのであり、オウムの行為そのものを「反社会的だ」といって非難する前に、こんな若者を惹き付けられなかった我々が反省すべきだと思うのである。しがって、街宣車でのオウム批判等は、虚しく感じるのである。我々は決して権力に迎合しない立場であるのだから。


※以上、月刊『卒啄』第9号(1995年5月)より転載。



 

This web-site was launched on 12th June 1999.
Copyright ©NSJAP, 1982-2012 All rights reserved.