ユダヤと日本の戦い(2000年11月)




 米合衆国大統領選挙は泥沼の様相を呈しているが、民主党のアル・ゴア候補が勝利した場合、ユダヤ人ジョー・リーバーマンが副大統領として指名されることになっている。実際、在米ユダヤ人のほとんどはゴア候補を支持している。また、よく知られていることだが、ニューヨーク州知事に当選したヒラリー・クリントン(こちらも民主党)は、ニュー・エイジ派であり急進的左翼のユダヤ人ミカエル・ラーマーの強い影響を受けている。ニューヨークではユダヤ人の人口の割合が高いが、米フェミニスト(女主義者)の急先鋒たるヒラリーもまた、報道されている通り彼らユダヤ人から圧倒的な支持を得て当選した。

 ABCD包囲網、ハル・ノートなどを用いて日本を大東亜戦争開戦へと追いこんだフランクリン・ルーズヴェルト(民主党)であったが、彼の側近であり反日家として知られたスティーヴン・ワイズは、世界ユダヤ人会議議長にして在米ユダヤ・ロビーの最高実力者であった。広く知られていることだが、米民主党は黒人などのマイノリティー(少数派)勢力から強い支持を受けている。その中には、もちろんユダヤ人も含まれている。

 今日の国防長官オルブライト、かつてのキッシンジャーなどのように、米政府に対するユダヤ人の影響は極めて大きい。また、米国においてユダヤ人が占める人口の割合は3%に過ぎないが、米政府高官の中でユダヤ人が占める割合は実に50%に昇る。米国の主要マスコミ――ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズなどの大新聞、タイム、ライフ、フォーチュンなどの国際的雑誌、CBS、ABCなどの大手テレビ局――の社長や重役が、例外なくユダヤ人であることもまた、特筆に価する。民主政治は、世論操作によって容易に衆愚政治へと陥る。



ユダヤ人によるホロコーストは、 なぜ非難されないのか?

真のホロコースト――それは広島、長崎、ドレスデンで起こった。

杉原千畝   日本の外務省は10月3日、いわゆる " 日本のシンドラー" こと元外交官杉原千畝に、次週栄誉を与えると宣言した。声名の中で同省は、杉原を称える盾を公開する式典を、次週の火曜日(10月10日)に都心の外務省外交記録局にて催すとした。なんでも、 "ユダヤ人がナチスにより迫害されている時期の極めて困難な状況下で、人道的かつ勇敢な決意を採った故・杉原千畝氏に敬意を表し、この盾は設置される" のだそうである。

 1986年に死亡した杉原は、スティーヴン・スピルバーグのオスカー賞受賞映画作品『シンドラーのリスト』が1993年に発表された後、しばしば "日本のシンドラー" と称されるようになった。駐リトアニア日本副領事であった彼が大日本帝国政府の命令に反して日本への入国ビザをユダヤ人に与え、1940年に「ナチ・ホロコーストから6千人を救った」というのが、その理由とされる。

 しかし、例えば当時欧州から米国へ亡命したユダヤ人は、一体何をしたのか。その中には、あのマンハッタン計画に携わり、原爆ホロコーストに手を貸した者も多い。いわゆる「ナチ・ホロコースト」、あるいは「南京大虐殺」らが実際に行われたという前提に立った上で、それらを非人道的だと非難してきた汎ユダヤ的米帝国主義であるが、大東亜戦争末期、壊滅寸前の日本に対し自らが犯した原爆ホロコーストは、クリントン閣下の言うよう、いまだに「正しい行為」なのだそうである。

 ところで、『シンドラーのリスト』についてである。オスカー・シンドラーは、実在の人物である。しかしながら、映画『シンドラーのリスト』が、史実の忠実な再現ではなく、小説に基づいている――たとえその一部に事実が含まれているにしても――ということは、改めて確認されるべきである。

 一方、松屋銀座店では、10月4日から16日にわたってアンネ・フランク展が開催された。彼女が記したとされる『アンネの日記』は、今や「ナチの絶滅収容所」の「ガス室」での「ユダヤ人絶滅作戦」が取り上げられる際必ずと言ってよいほど引き合いに出されるが、同日記がメイヤー・レヴィン――アシュケナジー・ユダヤ人小説家――による小説であるという主張は、ほとんど黙殺されている。実際、同日記の原物とされるものの一部がボールペンで書かれているという指摘もある。ボールペンが発明されたのは、戦後の1951年のことで、アンネ・フランクの死後6年を経過している。ちなみに、アンネ・フランク自身は、毒ガスではなく発疹チフスによって死亡している。不思議なことに、このことはあまり広く知られていない。

 そもそも、ドイツ第三帝国はユダヤ人の「絶滅」を計画したと広く流布されているが、その「絶滅」計画あるいは命令の存在を証明する文書などの証拠が一つも存在しないというのは、何とも奇妙な話である。全ては「証言」に基づいているのだ。

 まともな歴史的検証すらされていないにも関わらず、 『ナチ・ホロコースト』伝説が喧伝される中、 ユダヤ人による暴虐非道は余りにも大目に見られてはいないか? 今日武装シオニスト達が行っている殺戮は、 汎猶太国家アメリカに亡命したA。アインシュタイン、 L。シラード、 E。テラー、 E。ウィグナー、 R。オッペンハイマーらユダヤ人科学者が、 我々日本人に対して行った貢献――そう、 広島・長崎での原爆ホロコーストを引き起こしたという貢献――を思い起こさせる。


  話を元に戻そう。10月に入って日本では、このようにホロコースト関連の催し行われている。この数ヶ月前には、日本経済新聞(8月5日付け)に次のような記事が掲載されている。

「スイス大手銀行のクレディ・スイス・グループとUBSは4日、第二次大戦中に起きたホロコースト(ナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺)の補償問題で、犠牲者に関する情報公開を進める方針を明らかにした。
  スイスの金融機関は当時の犠牲者に対し銀行口座からの現金引き下ろしを拒否したとされ、遺族に対する補償が焦点になっている。最有力の銀行が歴史的な問題の解決に前向きな姿勢を示したことで、ホロコースト事件の背後に潜む複雑な金融問題の解明が進むとの期待が出ている。
  両行は、米国のニューヨーク連邦地裁が7月末に示した裁定に従い、ホロコースト犠牲者の個人名義の口座内容を公開する。同地裁は、96年の米国内での訴訟に基づき、98年に最初の判決を提示。その後、内容が不十分だとする提訴側の声を受け、スイスの銀行や保険会社、製造企業などに対し補償措置の拡大を要請していた。」

 さらに付け加えておくと、今年1月26日にスウェーデンはストックホルムで「ホロコースト会議」なるものが開催されたのは、記憶に新しい。

「ドイツ第三帝国がユダヤ人絶滅計画を立て、ユダヤ人600万人を絶滅収容所内の殺人用ガス室でシラミ駆除用のツィクロンBを使用して虐殺した」とする「ナチ・ホロコースト」の定説は今日、議論すら許されない神学的地位を与えられている。ドイツでは、この「ナチ・ホロコースト」の定説に疑義を呈すること自体が刑罰の対象とされている。一方では、実際にはソ連赤軍が実行したにも関わらず、戦後数十年にわたり独軍に帰されてきた「カティンの森の虐殺」のように、戦勝国による明白な歴史の捏造が行われていたにも関わらず、だ。実際、カナダの歴史見直し論者エルンスト・ツンデル氏のホーム・ページは、「未成年に有害」との理由でドイツで公開禁止となった。1996年10月1日の記者会見で、彼は次のように語っている。

「公的には、言論の自由はドイツで保障されている。なぜならドイツは、連合国人権法宣言第19条を批准しているからである。そこにはこう書かれている。 "何人にも自由に意見・表現を述べる自由を持っている。これは他の干渉を受けずに意見を述べる権利である。また国境に関わらず、人はいかなるメディアからも情報を受け、また情報を発信する権利を持つ。" これは、まさに私が今行っていることである」

 ツンデル氏の言葉の中に「連合国」という言葉があるが、これは日本で「国際連合」あるいは「国連」として知られているもののことである。その正式名称は"United Nations"であるが、その意味するところは明らかに連合国 (Allied Powers) であって、「国際連合」なる言葉は恣意的に捏造されたものとしか考えられない。これを認識することにより、日独に対する「国連」敵国条項の存在理由が明白になるのだ。

 一方1998年11月23日には、ドイツでユダヤ批判文書を配布した邦人男性(40)が、いわゆる『国民扇動罪』の容疑でドイツ検察庁により逮捕されている。彼は数日間の取調べの間、駐独日本大使館職員と一度面会し、後に日本へ強制送還された。独マスコミは、彼の英雄的義挙を黙殺した。

 ドイツにおいてこの『国民扇動罪』の容疑の名の下に検挙される愛国者の数は、毎年約一万人にも昇る。上記のアメリカ合衆国の件と同様、これがドイツ連邦共和国といういわゆる〝民主主義国〟の正体である。北朝鮮が、民主主義人民共和国と自称しているのと同じように。

カザール王国   このように、国際勢力による対独攻勢は続いているわけだが、日本に対してはどうか。

 アドルフ・ヒトラーの著書『我が闘争』の上巻は、彼が日本についてまだ多くを知らなかった1923~24年に獄中で口述筆記されたものであるが、1928年に発行された下巻の中には、「日本とユダヤ人の世界戦略」と題する興味深い一節がみられる。

「…ユダヤ人は、民族国家日本を、今日存在している似たような国の力を使って殲滅してしまおうとしている。即ち、ユダヤ人の手の中でこの最後の国家が無抵抗の国々に対する暴力的支配者に変貌する前に、この危険な敵を片付けてしまうために。ユダヤ人は、1000年の歴史を持つユダヤ人国家において、日本のような民族主義国家を恐れている。したがって、ユダヤ人による世界支配体制が完成する前に、日本を滅亡させたいと願っている」

 また、アルフレート・シュトッス独海軍少佐は、1934年発表の『ユダヤと日本の戦い』 (Der Kampf zwischen Juda und Japan) と題する論文の中で、ユダヤ国際金力と超国家的勢力が欧州を団結させて日本への侵略を企んでいるが、このユダヤと日本の戦いは全く宿命的なものであるとしている。さらに少佐は、驚くべきことに、この戦いの序幕として極東における日支間の紛争が起こると主張しているのである。このように、支那事変を勃発の4年前に預言していたこともさることながら、ユダヤの「世界」経済の桎梏ために破滅に瀕しつつある世界の各民族の経済に抗し、真に自由な民族経済を実現せんとするものこそ実に日本であるとする主張は、注目に値すると言えよう。

  ユダヤ人が欧米諸国で大きな経済力を持っているのは、否定しようのない事実である。欧米、なかんずくドイツでは、このような事実を語ることすら禁忌と化しているわけだが。日本人は、白人種ほど外見上ユダヤ人(スファラディー、アシュケナジーを問わず)には似ておらず、また、本能的にユダヤ人への警戒心を完全に捨て去ることもなかった。このようにして、欧米国家とは異なり、国内における「ユダヤ人問題」にはほとんど悩むことのなかった日本であるが、そんな日本であるからこそ、国際汎ユダヤ勢力が日本を最後の敵とみなしているにしても、それは驚くほどのことではない。欧米の反ユダヤ運動には寄生ユダヤ人を標的とする必要があるが、日本の反ユダヤ運動は、ヘンリー・フォードが随筆集『国際ユダヤ人』の中で題名の通り指摘しているような、国際汎ユダヤ勢力との闘争を主眼に置いてきたわけである(フォードは後に在米ユダヤ資本からの反撃に遭い自説を撤回せざるを得なかったが)。

 戦後米ユダヤ人は、米連邦政府を通じての間接支配体制を日本に敷いてきた。GHQは日本に「民主政治」やその前提とされる「言論の自由」をもたらしたとされているが、連合国占領下の日本で行われた徹底的な報道規制は、一体「言論の自由」と何の関係があるのか。また、米国製「日本国」憲法は、「平和」の美名の下に日本の軍備を禁止しており、改正することもほとんど不可能に作られている。「平和」とは、すでに覇権を打ち立てた国家の、自己保身的方便に過ぎないのだ。

 ドイツでは法的には存在するはずの「言論の自由」がない、という矛盾した政体が続いているが、日本ではどうか。法的にはドイツほどではないにしろ、日本の大臣らには歴史の真実を語る権利が与えられていない。また、ユダヤ勢力による日本への言論弾圧も、徐々に増加している。そこで真っ先に思い出されるのが、昨年に行われた2つの弾圧である。

  米国で爆発的な人気を博していた日本アニメ「ポケットモンスター」(任天堂)の関連商品「ポケモンカード」の日本語版の一部に、「卍」の文字が印刷されていた。この文字は米国内で製造されたカードには印刷されていなかったが、アニメの人気上昇に伴って日本語版を購入したがる子供が増え、同社の許可なく輸入されることが多くなっていた。そんな中、悪名高いユダヤ名誉毀損防止連盟(ADL)は、このカードに印刷された卍が「ナチス・ドイツの鉤十字に酷似している」と抗議し、圧力を加えてきたのである。その結果、米国任天堂(本社・ワシントン州)は12月2日、同カードの販売停止を発表したのである。同社は「卍は、日本文化や仏教では、肯定的な意味を持つが、ほかでは、誤解される恐れがあることも理解できる」とし、『異文化への配慮』から、一部カードの販売停止に踏み切ったと説明した。

  しかしながら、この発売停止の原因が、日本への『異文化への配慮』を欠いたユダヤ機間の圧力によるものであることは、火を見るより明らかである。ユダヤ人差別が強く糾弾される中、「選民」ユダヤ人による異文化蔑視はまかり通っているのが現状だ。選民ユダヤ人によって今日行われている、パレスティナ人に対するホロコーストのように。ナチ・ホロコーストとされるものに対する非難に比べれば、シオニスト・ホロコーストはあまりにも大目に見られてはいないか。このポケモン・カードの件は言論弾圧とは趣を異にするであろうが、文化弾圧とはいえるだろう。

 他方では、米ロス・アンゼルスに本拠を置くユダヤ人テロ機関サイモン・ウィーゼンタール・センターが、またもや日本の出版社に対して不当な弾圧を加えてきた。ことの発端は、小学館発行の雑誌『週間ポスト』平成11年10月15日号掲載の記事「長銀『われらが血税五兆円』を食うユダヤ資本人脈 ついに掴んだ」に始まる。10月7日、同センターがこの記事の撤回と謝罪を求める声明を発表したのである。同センターは週刊ポストにも記事の撤回と謝罪を求める文書を送り、同誌側は「記事に関する問題点を具体的に指摘するよう求める回答書」を11日付で送付した。この回答書に対し、同センター副所長のエイブラハム・クーパーは、「誠実な回答とは思えない」とお茶を濁し黙殺した。続けて14日、同センターは松下電器産業、トヨタ自動車、日産自動車、本田技研工業、マツダ、サントリー、キリンビール、住友商事の日本企業八社と、マスターカード、フィリップ・モリスの米企業二社に対し、同誌への広告掲載中止を要請するという物理的な圧力を加えてきた。

 同センターが、95年1月に歴史見直し論の記事を掲載した文藝春秋社発行の月刊誌「マルコポーロ」を、広告ボイコットという卑劣な手段で廃刊に追い込んだのは記憶に新しい。が、同センターは「今回も日本政府やイスラエル政府への働きかけを計画している」と述べた。

 経営陣はこの圧力に間もなく屈服した。両者の代表は29日にロスアンゼルスの同センターで会談し、週間ポスト側が記事の『訂正』と謝罪文を掲載することで合意した。クーパー副所長は、訂正と謝罪は、同誌上だけでなく、同誌の日英二カ国後のホームページ、さらに同号が広告された日本のメディアにも早急に掲載されると発表した。また、今後は『ホロコースト』を含む〝人権〟問題について両者が合同でセミナー等を開き、広く日本のメディア関係者らに参加を呼びかける「教育プログラム」が検討されたという。同誌11月26日号およびそのホームページには、同記事の撤回と謝罪広告が掲載された。

 小学館・週刊ポストが、在米ユダヤ人テロ組織サイモン・ウィーゼンタール・センター(SWC)の圧力に屈し謝罪した問題に対し、我々は事実関係の説明を求める抗議文を昨年11月12日付けで同誌宛てに送付したが、今なお未だ誠意ある回答を受け取るには至っていない。



抗議文


株式会社小学館 週刊ポスト 編集部 御中


 御社発行の雑誌『週刊ポスト』平成一一年一〇月一五日号掲載の記事「長銀『われらが血税五兆円』を食うユダヤ資本人脈 ついに掴んだ」の内容に対して、米ロス・アンゼルスに本部を置くユダヤ人団体サイモン・ウィーゼンタール・センターが同七日抗議を行い、記事の撤回と謝罪を求める声明を発表した。続けて同センターは一四日、日本企業八社および米企業二社に対し、同誌への広告掲載中止を要請するという物理的な圧力を加えてきた。

 経営陣はまさにこの圧力に屈服し、同誌一一月二六日号およびそのホームページに同記事の撤回と謝罪文を掲載した。とうとう事態は、広告主と出版社間の金銭的事情が言論に優先するという御社の悪しき体質が露呈されたとも受け取れる結果に至った。

 同記事の内容が偽りであると主張するならば、何よりもまずその誤りを指摘し、具体的に論証すべきである。実際同記事を参照してみると、本文中において「ユダヤ」という言葉に言及している箇所は、ほんの数箇所に過ぎない。言論に対しては言論で応ずるというのが民主主義の原則であり、ましてや広告ボイコットなどという手段は民主主義体制に対する挑戦以外のなにものでもない。同センターは、議論の主題を事実の検証から人種差別問題・人権問題へとすり変えた。我々にも自由な言論を行う権利があるにも関わらず、である。このような策略に対し、御社は記事の内容を再度検証するどころか、干渉されるがままに記事を訂正し、謝罪文を掲載した。

 事実を事実として問うことを許されないとしたら、言論機関としての存在意義はどこにあるのか。

 我々は、同センターによる圧力と同様、御社による同記事の訂正および謝罪に対し強く抗議するとともに、事実関係の発表を含めた御社の誠意ある回答を求めるものである。

平成11年11月12日




 勿論このようなユダヤ勢力による日本に対する言論弾圧は、今回が始めてではない。それが顕在化した時期は八〇年代にまで遡る。この当時日本では、様々なユダヤ関係書籍が出版されていた。中でも八六年に出版された中東問題研究センター所長宇野正美氏の著書『ユダヤが解ると世界が見えてくる』及び『ユダヤが解ると日本が見えてくる』は、半年間で計一一〇万部もの売上を上げた。

 そんな中、第一の騒動は起こった。ユダヤ人ザルツバーガーが経営するニューヨーク・タイムズ紙上(87年3月12日付け)に、「日本で反ユダヤ主義の書籍がベストセラーになっている」との記事が掲載されたのである。この記事を契機に、米国共和党のアーレン・スペクター上院議員と民主党のチャールズ・シューマー下院議員は、時の中曽根首相宛てに抗議の書簡を送るという内政干渉紛いの暴挙に出た。一方、在日イスラエル大使館も外務省に「事態を憂えている」と伝え、87年4月28日付けの『シカゴ・トリビューン』紙上では、チャールズ・ハイ・ハレヴィが日本製品の不買運動をすべきだと主張した。更に5月31日、西武百貨店主催の講演会「大恐慌の予兆と日本の将来」が、アメリカのユダヤ人団体からの抗議で中止となった。その理由は、講師に宇野氏が予定されていたために他ならない。

 更にユダヤ勢力による言論弾圧は続く。93年7月17日付けの日本経済新聞に、第一企画出版発行の書籍の広告が掲載された。それらは、ヤコブ・モルガン(仮名)著『最後の強敵/日本を撃て』、同『続』、『続々』および小石泉著『ロスチャイルド家一九九九年の予言書/悪魔<ルシファー>最後の陰謀<プログラム>』の計4冊であった。サイモン・ウィーゼンタール・センターはこの時も日本経済新聞に抗議文を送り、謝罪を求めると同時に、日本経済新聞社側がユダヤ人への謝罪を紙面で表明することと、広告担当幹部が『ユダヤ民族の真の価値』について学習することを要求したのである。JCC(日本ユダヤ協会)もまた同新聞社側に抗議を行い、とうとう『ニッケイ・ウィークリー』8月9日号に謝罪文が掲載された。しかしながら、これらの書籍は専らロスチャイルドを中心とするユダヤ財閥を取り扱ったものであって、ユダヤ民族全体に対する批判では全くなかった。にも関わらず、同センターは広告掲載にさえ圧力を加えたのである。

 また同年8月、我が国では戦後長らく絶版となっていたヘンリー・フォードの著書『国際ユダヤ人』の日本語訳を徳間書店が出版し、続いて翌94年4月には、ジョン・コールマン博士の著書『三〇〇人委員会』の日本語訳を出版した。しかしながら、これら二つの書籍もまた、国外の関係筋からの圧力によって絶版となったのである。

 

  言論弾圧の対象は、ユダヤ人自体に関係する出版物に限らない。

 94年5月、自由民主党東京都支部連合会事務局広報部長の小粥義雄氏が『ヒットラー選挙戦略――現代選挙必勝のバイブル――』と題する書籍を自費出版した。しかしこの書籍は、一般書籍に配本となった直後に回収され、絶版となった。『ニューヨーク・タイムズ』にこの書籍を問題とする記事が掲載されたことを契機に、在日イスラエル大使館、ユダヤ人協会等のユダヤ機関が抗議を行ったためである。しかしながら、この本はユダヤ問題に関連するものでは全くなく、もっぱらヒトラーの選挙戦術に学ぶという実用書だった。このように、不当弾圧の対象は広がりを見せている。

 そして95年1月17日、文藝春秋社発行の月刊誌『マルコポーロ』95年2月号が店頭に並んだ。同号には、特集として「戦後世界史最大のタブー ナチ『ガス室』はなかった」と題する記事が収録されていた。この記事は医師である西岡昌紀氏の執筆によるもので、ドイツ第三帝国(通称ナチス=ドイツ)が第2次大戦中に行ったとされる"ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)"の従来の学説に対して疑問を投げかける内容だった。駐日イスラエル大使館は20日、この記事を「反ユダヤ的」であるとして文春側に抗議を行った。花田紀凱編集長(当時)は「反論があれば誌面を提供する」旨を通知したが、大使館側は反論掲載を拒否。さらに24日、彼のもとに一本の電話が入った。栗山駐米大使が、サイモン・ウィーゼンタール・センターからの抗議を受けたというのである。さらに同センターは、同号に広告を掲載した八社に対して広告出稿中止を要求し、全世界の企業に対しても広告出稿中止を呼びかけた。これを受け、同号に広告を掲載していたフォルクスワーゲンは26日に広告出稿停止を発表し、フィリップ・モリス、三菱自動車、三菱電機等もこれに追随した。以上に加え、ADL(ユダヤ名誉毀損防止連盟)、パシフィック・リム・インスティテュート(Pacific Rim Institute)などといったユダヤ人圧力団体も文春側に対し抗議を行った。

 とうとう文春は、27日の役員会の際、雑誌の回収、編集長らの解任、同誌の廃刊の決定を余儀なくされ、それらの決定は30日になってから公表された。当時我々が1月30日付けで文春側に対し事実関係の説明を求める抗議文を送付したところ、今回の事態に関しては自身も理解に苦しむとの返答を花田編集長から得た。

 続いて2月6日夕、文春の田中健五社長は、東京都千代田区の同社で社員に対する説明会を開き、サイモン・ウィーゼンタール・センターとの和解には、公表されていた①雑誌の回収、②編集長らの解任、③同誌の廃刊という前出の三条件に加え、四つの付帯条件があったことを明らかにした。それらの内容は以下の通りだ。

(1)   文藝春秋はユダヤ人問題の理解が不充分であったことを反省し、社内で速やかにウィゼンタール・センターなどが推薦する講師陣の三日間のホロコースト・セミナーを開く。マルコポーロ編集部員は全員出席する。
(2)   文春社員有志を米国ロスアンゼルスの同センターに派遣し、付属のホロコースト博物館で集中的に学ばせる。
(3)   九五年度内に、月刊「文藝春秋」に、同センター推薦の筆者による、マルコポーロ記事への反駁などの論文を掲載する。
(4)   文春推薦のライターにアウシュヴィッツを訪ねてもらい、ルポまたはユダヤ人問題の正しい理解のための論文を「文藝春秋」に掲載する。

 田中社長は、「厳しいと感じる向きもあるかもしれませんが、これがなければ、円満解決にはならなかった」と釈明した。そして16日、田中社長は突然の辞職を発表した。

 以上が『マルコポーロ』廃刊問題の概要である。しかしながら、実際には同記事は、ユダヤ人に対する批判を全く含んでおらず、むしろ執筆者は一貫してドイツ第3帝国の政策を強く批判しているのである。

 サイモン・ウィーゼンタール・センターの創設者は、 "ナチ・ハンター" を自称することで有名な、オーストリア出身のユダヤ人ジーモン・ヴィーゼンタール氏である。同氏は『マルコポーロ』廃刊後、次のようにコメントしている。

「第2次世界大戦後、実に50年の間、ヨーロッパはそれなりの "平和" を保ってきた。しかし、冷戦構造の終結とともに、いわゆる "地域エゴ" を背景としたグループやデマや狂信的反ユダヤ思想を吹き込まれた若者の中に、ネオ・ナチやファシズムにかぶれる者がでてきた。極めて危険なことだ。こうした最近の動向では、とくに新しいファシズムの動きについては、徹底的にたたきつぶしてしまう必要がある」 (週刊ポスト, 95年2月24日)

 日本のメディアは、ほとんどの場合同センターを『ユダヤ人人権擁護団体』として紹介する。しかしながら、この『人権擁護団体』の創設者は、こともあろうに“ナチ・ハンター”を自称し、ネオ・ファシズムを「叩き潰す」と公言するなど、およそ『人権』とはかけ離れた人物なのである。言論に対しては言論をもって対応するというのが、真相解明の妥当な糸口となるはずである。即ち、「ガス室がなかった」という主張に反論するのならば、何よりもまず「ガス室があった」ということを論証すべきであろう。しかしながら、同センターが取った広告ボイコットという手段は、言論の自由への蹂躙行為以外のなにものでもない。それどころか実際同センターは、かつては第3帝国関係者を小包爆弾などで殺害することで名を馳せた、猶太テロ機関だったのである。




 

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