造られたヒロイン ジェシカ・リンチ

ジェシカ・リンチジェシカ・リンチ

「米軍が事実を誇張して(私を)英雄に仕立て上げた」 「私は使われただけ」

 イラク戦争での救出劇が大々的に報じられ一躍国民的ヒロインとなった米陸軍女性上等兵ジェシカ・リンチが、11月11日に全米で発売された自伝『私も兵士=ジェシカ・リンチ物語』の中で、「イラク戦争中の“英雄物語”は米軍の仕立て上げだ」という爆弾発言をしている。自伝の中で彼女は「イラク軍の捕虜となっている間も、乱暴な扱いを受けた記憶はなく、イラク軍医師などから手厚い保護を受けたことに非常に感謝している」と語る。また関係者などの話から、イラク側が自らリンチを引き渡そうとしたにもかかわらず、アメリカ側が応じず、敢えて救出作戦を敢行したことなど、今まで知られていなかった事実が明らかにされている。

 この自伝の出版に合わせて、リンチは8日までに米ABCテレビのインタビューに応じており、「軍は私(ジェシカ・リンチ)を(イラク戦争の)シンボルに使った。それは間違いだった」などと述べ、米軍による情報操作があったことをすでに認めている。米軍当局は3月23日にリンチが捕虜になった状況を、“イラク軍に応戦した末、敵弾で重傷を負った”と広報した。しかし実際は、襲撃を受けて混乱した米軍の味方の車同士の衝突事故がリンチの負傷の原因だった。リンチは「本当の話を知っているのは私だけ」と、米軍の広報を改めて否定した。また当初、“リンチは弾薬がなくなるまで応戦するなどイラク軍に激しく抵抗した”と伝えられたが、リンチ本人は「武器が動かなくなり、1発も撃っていない。ひざまずきお祈りをした」と打ち明けている。こうしてイラク南部で捕虜となったリンチを、米軍特殊部隊は4月2日、収容先のイラクの病院から“救出”した。当時、劇的な救出場面が全米に繰り返し放映された。ところが、リンチ本人はこう語る。「なぜ彼らが救出場面を撮影しているのか理解できなかった。私は負傷していて、救助だけが必要だったのに」。さらに帰国後、自分が戦争のヒロインに祭り上げられていることを知り、「真実を知らない人たちが物語を作ったことに傷ついた」と打ち明けた。

 一方リンチは、イラクの病院関係者には感謝している様子を見せ、捕虜として収容されていた病院では「誰も私をたたいたり、張り飛ばしたりしなかった。生きていられるのは彼らのおかげだ」「女性看護師の1人は私のために歌を歌ってくれた」と付け加えている。

 我が党は1991年の湾岸戦争湾岸戦争勃発直後いち早く、国内の反米民族派を動員して駐日イラク大使館に赴き、イラク側に立ってアメリカ帝国主義と戦うべく義勇兵として志願するなど、反米・親イラク運動を組織化する指導的役割を果たした。当時もマスメディアは、米国の大本営発表をあろうことか鵜呑みにし、“イラクの原油放出による環境テロ”の被害者として油まみれの水鳥を大々的に放映し、反イラク世論を扇動した。しかしながら実際には、これらの水鳥が原油にまみれたのは、米軍が空爆で破壊したイラクの石油化学コンビナートから原油が海洋へ流出したのが原因であったことが後に判明している。

 今日も大手マスメディアには、当時の教訓に学ぶどころか、自らの報道姿勢を省みる姿勢すら見られない。誤報を堂々と配信して恥じることのないこれら“メディア”は、まさしく人類家畜化を狙った3S(スクリーン・スポーツ・セックス)政策の「媒体」(メディア)に過ぎない。




 

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